議会報告 / まちづくり・交通
大泉第二中学校の校舎建替え計画について
都市整備委員会 令和7年3月11日
令和7年3月11日の都市整備委員会で、大泉第二中学校の敷地を横断する都市計画道路と、素案として示された校舎建替え案について質問しています。
※この記事は、議会での質疑をもとにした活動報告です。
渡り廊下が道路を横断する校舎案は「いいと思う人は正直誰もいない」
素案の校舎建設案への印象
私は、この問題のことを不勉強で詳しくなくて、最近、勉強し始めたところで、フラットな意見、一般の練馬区民の意見ということで、参考に聞いていただければと思っております。
今回のそもそもの計画ですけれども、最初に、私は、都市計画道路の整備は、基本的には賛成というスタンスだという前提で聞いていただければと思います。
今回、素案で出てきた敷地が分断された学校建設案、教育環境の保全というタイトルになっていますけれども、正直な印象を申し上げますと、いまいちかなと思っております。
松竹梅でいえば梅、ABCランクでいえばCランクだと思っております。
これをフラットに考えて、学校の敷地が4分割になるところを、道路の上を渡り廊下が横断している建物は郊外で見ることがないです。
一部都心で、例えば慈恵医大病院の上に渡り廊下が走っているような話はありますけれども、例えば駅のコンコースとは全く性質が違っていると思います。
フラットに見て、これをいいと思う人は正直誰もいないと思います。
ただ、これまでの経緯というのが当然あるかと思うので、その辺に関連してお伺いしたいと思います。
都市計画道路と学校建設の時系列
都市計画道路の時系列が分かっていなくて、都市計画道路と学校建設の順番を勘違いしていて、そもそも学校があるところに都市計画道路ができていたと思っていたのですけれども、実際に見ると、昭和22年に都市計画道路できて、昭和32年に大泉第二中学校が建設されている。
都市計画道路と学校建設の順番、なぜこの場所に学校が建設されたのか
そもそもの話になって恐縮ですけれども、教えてください。
都市計画道路の交差するど真ん中に建物を建てるというのは、通常ではあり得ないと思います。
なぜこの場所に学校が建設されているのかという経緯を教えてください。
<答弁のポイント>
昭和22年に補助135号線、昭和41年に補助232号線が都市計画決定されたが、昭和32年当時は児童数増加への対応として学校用地確保が急務で、適地が見つからない中、当該場所の権利者から用地を譲り受けて学校を建設したとの説明でした。
区の答弁(特定道路課長)
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学校が建設された経緯ということでございますけれども、まず、昭和22年に補助135号線の都市計画決定がなされました。
昭和41年に補助232号線が都市計画決定されたわけでございますが、これは当時、昭和初期に細街路計画というのがございまして、それを踏襲した形で計画がなされたものです。
もともと交差上に都市計画道路が計画されていたところに学校を建てた経緯でございますが、昭和32年当時、子どもたちの人口増加に対して、学校を急遽整備しなくてはいけないという背景があったと教育委員会からは聞いてございます。
そういった中で、学校をつくるほどの2万平方メートルの用地の確保というところで、当時、用地の取得に努めたところでございますが、適地が見つからない中で、当該場所について権利者の方からお譲りいただいた。
当時の人口増の背景、それから、早期に学校を建設しなければならないという状況下で学校が建設されたものと認識してございます。
当時この付近は畑が多かったことについて
当時の大泉第二中学校周辺の状況について
説明としては全然よく分からないです。
ちなみに、当時の大泉第二中学校の辺りは、住宅が建ち並んでいるところだったのでしょうか。
<答弁のポイント>
当時は畑が多かったとの答弁でした。
区の答弁(特定道路課長)
答弁の全文を読む
当時は畑が多かったと認識してございます。
都市計画道路にかかる場所への区施設建設が今の行政でありうるかについて
そういう話だと思っています。
現在の行政として、都市計画道路にかかる場所に施設を建設することはあり得るか
あえて、この都市計画道路が交差しているど真ん中に、この校舎の建設をするというのは、今の行政として、区の施設なり学校なりを都市計画道路にかかったところに建設することはあり得ますか。
<答弁のポイント>
学校建設は教育委員会の所管であり、都市整備部門としては答えられる立場ではないとのことでした。
区の答弁(特定道路課長)
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学校建設に関しましては教育委員会の所管でございますので、私どもでお答えできる立場ではございません。
この場所に学校を建てたのは区のミスだと思っている
当時の記録が見当たらない
当時の記録がないというのは、昔なので、普通の方であれば、それほど昔の話は経緯がよく分かりませんというのはあり得るのかもしれないですけれども、行政という意味では、僕の感覚からすると、戦後10年たっているぐらいなので、記録がないとか、どういった議論がされたのか分からないというのがすごく不思議です。
議事録の検索は結構昔までできるので見てみたのですけれども、出てきませんでした。
これは簡単に言うと、この場所に建てたことが区のミスだと思っています。
学校建設がミスだったと議会や区民に説明されたことはあるか
ということに対して、今まで、この議論が出てきた中で、議会なり、区民向けに関して、現行の大泉第二中学校をこの場所に建設してしまったことが、そもそもミスでしたというニュアンスのことを説明されたことはあるのですか。
<答弁のポイント>
そのようなことは認識していないとの答弁でした。
区の答弁(特定道路課長)
答弁の全文を読む
そのようなことは認識をしてございません。
全面移転案が採用されていないのは不自然であると感じる経緯について
現在の位置に学校があること自体が結果責任として間違いだったのではないか
結果責任だけを見ると、今の位置に大泉第二中学校があること自体が間違いだったということはあると思っています。
これは完全に私の推測になりますけれども、幾ら昔の話とはいえ、行政がこの計画道路のど真ん中に学校を建てるというのは通常あり得ないと思います。
これは意図的に実は設定されているのではないかとすら思っています。
というのは、後で都市計画道路が実行されないように、そこにあえて設定したのではないかと勘ぐってしまうぐらい、おかしなことではないかという感触を持っております。
いずれにしても、この状況は区の責任として起きている問題だというところをどこかで説明しないと駄目ではないかと思っております。
有識者委員会の提言と三つの案
今回の素案の中で、過去の経緯ということで、私も不勉強でしたが、令和元年に出されている有識者委員会の提言を拝見しました。
その検討過程の中で、全面移転案と校地の再形成案と現位置での再建案という三つのパターンが出てきて、その中で検討して今回の案になったと認識しております。
利害関係がないので普通に言いますと、この中で一番いいのは全面移転案だと誰でも思うと思います。
有識者委員会が提言した三案のうち、全面移転案が採用されなかった経緯について
ただし、全面移転案は、今回採用されていないということです。
一番いいと思われる全面移転案が採用されていない経緯について教えてください。
<答弁のポイント>
土木部長は、当時は食糧事情から農地が重視され大きな敷地の提供が限られた時代背景があったと推察していると述べました。
特定道路課長は、大泉第二中学校周辺で2万平米弱の代替地を取得することは極めて困難で、実現性を踏まえて校地の再形成案を示したとの説明でした。
区の答弁(土木部長)
答弁の全文を読む
今の御質問は、後から特定道路課長がお答えさせていただきます。
その前の、なぜ、中学校をそこに建てたのかという議論です。
私も詳しい経緯は調べきれておりませんけれども、恐らく当時の時代背景があったと認識しています。
というのも、食糧事情がよろしくなかったというところで、今に比べれば農地の大切さが重要視されたという時代背景があったと認識しています。
そういう意味で、農地がたくさんあるとはいえ、大きな敷地を提供いただくのが限られてたところで、こういう形になっているということがあるのではないかと推察しています。
一方で、今現在そういう状況で、こういう地域の課題がございます。
それを抜本的に解決するのが我々の使命だと考えています。
区の答弁(特定道路課長)
答弁の全文を読む
今、御指摘をいただきました全面移転案は、私どもは課題を抜本的に解決するために地域に入り始めて、これまでずっと土地の確保について努めてきたところでございます。
大泉第二中学校の周辺エリアは、まとまった土地の取得が可能かどうかを模索し続けて、これまでやってきたところがございます。
しかしながら、現実的に、学校の代替地となるような2万平米弱の土地を取得することは極めて困難であるところ、それから、時間もかなり経過しているところで、当該地域の課題がそのまま継続しているところをもちまして、我々としては、実現性を踏まえまして、このたび、有識者委員会の提言をいただいた中で、用地の取得等も含めて、校地の再形成案がより現実であろうということで、案をお示ししているところでございます。
校地の再形成案より面積の少ない拡張案ではなく別位置の全面移転案が選ばれた理由について
時間とコストを優先したという理解
当然、コストなどはあると思います。教育環境は今と変わってしまうけれども、時間とコストを優先したということかと思います。
気になった全面移転案ですけれども、先ほど言った三つのパターンの前に校地の再形成案が幾つか出ています。
校地を拡張する案ではなく、別位置への全面移転案が候補となった理由について
今の敷地の周りを拡張するという案があります。順当に考えればそちらの方が取得の面積が少ないのかと思います。
別の位置に移った全面移転案が採用されているというのは、どういう理由があったのでしょうか。
<答弁のポイント>
学校周辺エリアは戸建住宅が多く、道路をまたがない形での敷地確保には多数の立ち退きが必要で用地取得が非常に厳しいため、比較的一画地が大きく取得する画地数が少ない全面移転案を候補として示したとの説明でした。
区の答弁(特定道路課長)
答弁の全文を読む
まず、全面移転案の前の校地の再形成案で道路をまたがない形で敷地を確保するという御指摘だと思います。
こちらの学校周辺のエリアは戸建住宅が多数建設されてございます。
すなわち、学校用地を確保するためには多くの方々への立ち退き等が必要になるところで、用地取得の観点から非常に厳しいであろうというところで、まず、校地の再形成案が今の形となったところでございます。
また、各パターンの全面移転案を、候補として選定した経緯でございます。
比較的、一画地が大きな土地がある。すなわち、取得する画地数が少ないという前提がございました。
用地取得の実現性の観点から、こちらの全面移転案をお示ししたところでございます。
校地の再形成案(拡張)
道路をまたがない形での敷地確保
戸建住宅が多数あり多くの立ち退きが必要
用地取得の観点から非常に厳しい
全面移転案
比較的一画地が大きな土地がある
取得する画地数が少ない
用地取得の実現性の観点から候補に
全面移転案を強く推す意見は大勢にならなかったのかについて
用地取得の可能性への実感
事前にいろいろと調べていて、今、特定道路課長から御説明あったように、地権者が比較的少ない、大きい土地がある、あるいは都営のアパートとかがあるということで、比較的、用地取得の可能性があるのではないかというところで決めたということなので、現実的に可能性があるのではないかと正直思っています。
有識者委員会や区の議論の中で、全面移転案を強く推す意見はあったか
今までの経緯があまり分かっていないのですけれども、例えば、その後の議論の中で、有識者委員会なり、区として、全面移転案を強く推す意見は大勢にならなかったということでしょうか。
<答弁のポイント>
用地の取得については過去から長期的に模索を続けてきたが、現実には至らず用地取得が困難であったため、校地再形成案が現実的な対策であると考えているとの答弁でした。
区の答弁(特定道路課長)
答弁の全文を読む
先ほども申し上げましたが、私どもは、こういった用地の取得は過去からこれまで、ずっと模索を続けてきたところでございます。
長期的に用地の取得に努めてきたところでございますが、現実に至らない、用地取得が困難であるところをもちまして、今の校地再形成案が現実的な対策であろうと考えてございます。
できれば引き続き全面移転案が残るような形にしてほしい
まとめます。
繰り返しになるのですけれども、今回の案よりも、全面移転案の方が都市計画道路も通り、学校環境としても敷地が分断されることはないのでベストかと思っていて、これを強く推したいというところが前提としてあります。
今回の陳情、請願を見てみますと、どうしても都市計画道路をやめましょうという話になっているので、そこは私としては違うかと思っています。
時間がかかっても手間がかかっても、この場所に今の現行の大泉第二中学校をつくった責任があるし、時間がかかっても腰を据えて、最初に有識者委員会の案として出た全面移転案をやりますと言っていただければよかったかと思います。
現状の素案も、要するに、都市計画道路を優先して進めなければいけないというのは私も重々把握しているし、そうするべきだとも思っているけれども、それと校舎をどのような形にするかというのはまた別の話です。
できれば、あまり今のような敷地が分断されるものではない全面移転案を主にして、それの協議が整わなかったときに今の案にするという形でやられた方がよかったかという印象があります。
なぜかというと、私は利害関係者ではないですし、最近、勉強を始めたところなので、割とフラットな意見だと思っているのですけれども、この校舎の形は極めて特殊な感じだと思っています。
マスコミの格好のネタになってしまうのは非常によろしくないと思っています。
できれば、引き続き全面移転案が残るような形に何とかできないかという希望を持っていますと申し上げて、終わります。
質疑のポイントとまとめ
- 都市計画道路の交差する場所に学校が建設された経緯を尋ねたのに対し、区は昭和32年当時の人口増加による用地確保の急務と、権利者からの用地譲渡があったとの説明でした。
- 当時の周辺状況を尋ねたのに対し、区は畑が多かったとのことでした。
- 現在の行政として都市計画道路にかかる場所に区施設を建設することがあり得るか尋ねたのに対し、区(都市整備部門)は学校建設は教育委員会の所管であり答えられないとのことでした。
- この場所への学校建設が区のミスだったと議会や区民に説明したことがあるか尋ねたのに対し、区はそのような認識はないとの答弁でした。
- 有識者委員会が示した三案のうち、最も良いとされる全面移転案が採用されなかった経緯を尋ねたのに対し、区は約2万平米弱の代替地取得が極めて困難だったためとの説明でした。
- 拡張による校地再形成案と全面移転案の選定理由を尋ねたのに対し、区は戸建住宅が多く立ち退きが必要な拡張案より、画地数が少ない全面移転案の方が用地取得の実現性が高いと判断したと説明し、さらに全面移転案を強く推す意見が大勢にならなかったか尋ねたのに対しては、長期的に模索したが用地取得が困難であったため校地再形成案が現実的だとの回答でした。
⇒ 敷地が分断されない全面移転案を主として検討し、協議が整わなかった場合に今回の案とする形で進めてほしいことを求めます。
出典・議事録を見る
| 発言者 | 区分 | 原文抜粋 |
|---|---|---|
| ももかわ一郎 委員 | 質問 | 私は、この問題のことを不勉強で詳しくなくて、最近、勉強し始めたところで、フラットな意見、一般の練馬区民の意見ということで、参考に聞いていただければと思っております。 今回のそもそも… |
| 特定道路課長 | 答弁 | 学校が建設された経緯ということでございますけれども、まず、昭和22年に補助135号線の都市計画決定がなされました。 昭和41年に補助232号線が都市計画決定されたわけでございますが… |
| ももかわ一郎 委員 | 質問 | 説明としては全然よく分からないです。 ちなみに、当時の大泉第二中学校の辺りは、住宅が建ち並んでいるところだったのでしょうか。… |
| 特定道路課長 | 答弁 | 当時は畑が多かったと認識してございます。… |
| ももかわ一郎 委員 | 質問 | そういう話だと思っています。 あえて、この都市計画道路が交差しているど真ん中に、この校舎の建設をするというのは、今の行政として、区の施設なり学校なりを都市計画道路にかかったところに… |
| 特定道路課長 | 答弁 | 学校建設に関しましては教育委員会の所管でございますので、私どもでお答えできる立場ではございません。… |
| ももかわ一郎 委員 | 質問 | 当時の記録がないというのは、昔なので、普通の方であれば、それほど昔の話は経緯がよく分かりませんというのはあり得るのかもしれないですけれども、行政という意味では、僕の感覚からすると、… |
| 特定道路課長 | 答弁 | そのようなことは認識をしてございません。… |
| ももかわ一郎 委員 | 質問 | 結果責任だけを見ると、今の位置に大泉第二中学校があること自体が間違いだったということはあると思っています。 これは完全に私の推測になりますけれども、幾ら昔の話とはいえ、行政がこの計… |
| 土木部長 | 答弁 | 今の御質問は、後から特定道路課長がお答えさせていただきます。 その前の、なぜ、中学校をそこに建てたのかという議論です。 私も詳しい経緯は調べきれておりませんけれども、恐らく当時の時… |
| 特定道路課長 | 答弁 | 今、御指摘をいただきました全面移転案は、私どもは課題を抜本的に解決するために地域に入り始めて、これまでずっと土地の確保について努めてきたところでございます。 大泉第二中学校の周辺エ… |
| ももかわ一郎 委員 | 質問 | 当然、コストなどはあると思います。教育環境は今と変わってしまうけれども、時間とコストを優先したということかと思います。 気になった全面移転案ですけれども、先ほど言った三つのパターン… |
| 特定道路課長 | 答弁 | まず、全面移転案の前の校地の再形成案で道路をまたがない形で敷地を確保するという御指摘だと思います。 こちらの学校周辺のエリアは戸建住宅が多数建設されてございます。 すなわち、学校用… |
| ももかわ一郎 委員 | 質問 | 事前にいろいろと調べていて、今、特定道路課長から御説明あったように、地権者が比較的少ない、大きい土地がある、あるいは都営のアパートとかがあるということで、比較的、用地取得の可能性が… |
| 特定道路課長 | 答弁 | 先ほども申し上げましたが、私どもは、こういった用地の取得は過去からこれまで、ずっと模索を続けてきたところでございます。 長期的に用地の取得に努めてきたところでございますが、現実に至… |
質問と答弁の本文は、練馬区議会の会議録の記載をそのまま掲載しています。
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